映画評・書評・その他日常について

映画や書籍についてのブログです。
映画を観て・本を読んで、何を思ったのか?についての覚書です。
また、家事や旅行が好きです。
何気ない毎日の中の出来事についての覚書でもあります。

耳の痛いこと

インターネットの話の続き。


昨日今日と、パソコンに向かって仕事をしつつ、時折インターネットで様々な心に浮かんでは消えていくことについてぼんやりと検索していた。どういう検索語からそのサイトにたどり着いたのかは忘れてしまったが、とにかく今の私にとっては耳の痛いこと満載のサイトを見つけた。


今の私の一面を切り取ると、被害者意識と加害者かもしれない怯えの二つに引き裂かれていると言えるのかもしれない。いつまでもそういう状態を引きずりたくないのに、どこかそういう気持ちが澱のように残ってしまっている。被害者意識と加害者かもしれない怯えというのは自己肯定感の低い私ならではの感覚なのかもしれないけれど、それを引きずっていてはうまく行くこともうまく行かないだろうとはうすうす気づいていた。


そのサイトでは、「苦手な人」という括りで話していたのだけれど、勝手な解釈を加えて説明すると、苦手な人を避けるのではなく、自分の狭い世界から抜け出す為にも、苦手な人に積極的に話しかけて、相手を楽しませるくらいになりましょうということが書かれていた。


そこで、そういう状態を自分に置き換えて想像して、これまでの様々な出来事や現在の状態を思い浮かべてみたら、ものすごく不安定な気持ちになり仕舞には軽く苛立ちまで覚えてしまった


気分転換のために昼食作りなどをしてごはんを食べていると、少し気持ちが落ち着いてきた。被害者とか加害者とか、良い悪いとか、このところの私はかなり二元論に縛られて生きていた。白黒はっきりとつけるような考えが消えなくなっている。けれど状況が酷い時には、ずっとそういう状態から自由になりたいとも思ってきたのに、状況が落ち着いた今、自分からその自由を楽しもうとできていない。おかしな話だと思う。


私の問題は、私自身が自由になりたいのだとしたら、自分から自分の殻を破って「苦手な人」に話しかけたらいいのだ。相手がどうだとか、相手がその私をどう扱うかは、相手の問題なのだから。



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